中西まゆみさんの「豊かさにつながる手間と仕事」の話(4/5)- テーブルコーディネートは「見る」ものじゃない
5月から毎月最終火曜日にオノベカにて開催しているトークイベント「働く女」。
昔は結婚して家事をし、子どもを育てることが女性の生きる道だとされていましたが、今では女性の生き方も多様化しています。
そんな女性のキャリアについて実際に諸先輩方にお話を聴きたい!と思い始めた会です。
ゲストはテレフォンショッキング形式で決まります。
11月に開催した、第6回目のゲストでテーブルコーディネーターの中西まゆみさんのおはなし全5回の4回目です。
今回はテーブルコーディネートとの出会いと、テーブルコーディネートを通して伝えたいことをお伝えします。
前回までの分も併せてご覧ください。
第1回 もじもじちゃん、アイドルになる
第2回 大失恋ののち、出会えてよかった
第3回 サンドイッチが買えなかった
やさしさと思いやりのつまったテーブルを
元々小さいときからインテリアやおしゃれなものがすきで、部屋を飾ったりしていました。一人暮らしのときも、結婚してからも、こだわりを持って自分のお城を作っていたので、そういう風に家の中のことをもっともっと大切にしたいなと思うようになりました。
ひとたび外に出ていけば、ストレス解消に夜遅くまで飲んだり歌ったりしているタイプだったので、もうちょっと家の中のことを大事にしていきたいなと、少しずつ変わる訳ですよね。
テーブルコーディネートを習い始めたきっかけは単純で、最初は見た目だけで入ったんです。ただ、お金持ちでたくさん食器を持っているひとたちが習うことなのかな、場違いだったら嫌だなと思って半年くらい悩みはしました。
だけど、行ってみて合わなければやめればいいから、まずは行ってみようと思って行ってみたんです。
そしたら、見た目も確かにすてきなんだけど、見た目だけじゃなくてもっと奥にある深いものを教わって、わたしはそっちに感銘を受けたんですよね。
講座の中では、「見た目にこだわるだけじゃないんだよ」ってわたしは伝えるんです。
テーブルの中では、いろんな思いや季節などを表現することができて、そういうことを一生懸命伝えていきたいと思うようになりました。
働きながらレッスンに通って、勉強して資格をとって、そうこうしているうちに、全国大会に出たら優勝したんです。
優勝したこと自体が嬉しかったんじゃなくて、講評で言われたことが嬉しくて。
もちろん季節に色がマッチしてるかどうかとか、布や器など素材の組み合わせ、お料理と器の関係など、見た目が整ってることはもちろん大事なんだけど、結局、何を評価してくれたかっていうと、わたしがつくるテーブルには優しさと思いやりがつまってると評価してもらったんです。
いかにみんな見た目に捉われて、そういう心遣いを抜きにしてコーディネートをして、「見て見て」っていうテーブルになってるかと。
だけど、テーブルコーディネートは本来見せるものじゃないし、見てもらうためのものじゃない、実際にひとが座ってお食事をする場所なので、ちゃんとひとのことを考えて作ったということがしっかり審査員の先生たちに伝わったようでした。
審査員の先生たちがすごい方々なのもあって、わたしがこだわってやっていたことを評価してもらえたことがすごく嬉しかったんです。
手間をかけるということ
高価なブランド食器を並べて、お金持ちの趣味としてやってるだけでは、テーブルコーディネートじゃないんです。
どうしてもインスタとかにきれいな写真をアップするので、そういう風に見られちゃうし、わたしが中々上手に伝えきれていないところなんだけど、小さいお子さんがいる方にこそテーブルコーディネートをしてほしいんです。
「うちは子どもがいるから」、「食器割られちゃうからうちはまだ無理なの」と言われてしまうけど、本当は小さいうちからそういうことを子どもに教えてあげて欲しいなって思うし、それでこそ感性が豊かに育っていくだろうなっていう気持ちがあります。
日本の文化はどんどん廃れてきてるけど、昔はおじいちゃん・おばあちゃん、お父さん・お母さんと3世代が座っていたはずのちゃぶ台から、お父さん・お母さんとだけの2世代のテーブルになり、今では子どもは子ども、大人は大人でご飯を食べていることが多いですよね。
お父さん・お母さんが共働きで、しょうがない一面もあるんだけども。
個食も問題になってますよね。前はみんなが同じおかずを食べてたのに、今はファミレスなどでメニューの中からそれぞれ食べたいものを選んで、同じ食卓の中で家族がバラバラなもの食べるとかね。
他にも、スーパーにいけば、サンマは旬を迎える秋だけじゃなくて春にも手に入るし、白菜だって冬だけじゃなくて夏でも手に入る。旬もわからなくなるんです。
最近、和室を作るひとが増えてきたらしいけど、ちょっと前まで和室も全部洋室に作り替えて、和室のない家が増えてましたよね。
そうすると、床の間が家から消えて、季節の花を活けたり、掛け軸をかけて季節を愛でることが無くなってしまうわけです。
お月見だってみんな忙しいから月を見上げる時間もない。折角わたしたちが日本人として持って生れたDNAがどんどん廃れていくっていうかね。あとは日本人の繊細な感性。
和食の味付けや見た目もそうだけど、和食器は世界中のどの国と比べても色・形・素材、一番豊富なのね。
春になればピンク色の桜の花びらの形の器が出てきたり、そういう感性がアメリカにあるかというとないわけでしょ。
逆にそれは秋になったら使えないということでもあるけど、だからこそ春になったら桜の器を出して、春らしい菜の花のご飯を食べる。
「ああ、春だね」って季節を楽しむことを昔から日本人はやってきていたのに、わたしたちは今、そういうことは少なくなってきていますね。
スーパーのお惣菜のパックも、最初からレタスを敷いているような絵がついてたり、本当にそれだけで見栄えするようになってますね。
前は味気ないからせめて器に盛りなおして食べようよって言ってたんだけど、それが結構パックのままでも素敵になったのね。
でも、暮らしを丁寧にする、ちょっと手間をかけることが、逆に自分の心のゆとりになったり、潤いになる。
洗いものが面倒くさいというのもそうなんだけど、洗いものに30分も1時間もかかるかって言ったら、たった数分増えるだけのことです。
テーブルコーディネートを習って自分が家で色々やるようになってから、手間をかけた結果、自分がどれだけ豊かな心でいられるかということが、どんどんわかったわけです。
<続く>