越後久美子さんの「できるところから始めて、形を変えていく」の話(1/5) – 3人兄弟末っ子1人娘

2019.03.17コラム

5月から毎月最終火曜日にオノベカにて開催していたトークイベント「働く女」
昔は結婚して家事をし、子どもを育てることが女性の生きる道だとされていましたが、今では女性の生き方も多様化しています。
そんな女性のキャリアについて実際に諸先輩方にお話を聴きたい!と思い始めた会です。
ゲストはテレフォンショッキング形式で決まります。
1月に開催した、第7回目のゲストで、自称「元祖きままかーさん」の越後久美子さんのおはなし全5回の初回です。

自称「元祖きままかーさん」って何ぞや!?と思った方は是非、記事もご覧くださいね!!

プロフィール

越後 久美子

自称「元祖きままかーさん」。3児の母で、自宅の一室でママたちの居場所「来mama
(きまま)ルーム®」を運営。「北海道ママ図鑑」ナビゲーター。私立高校で英語教員を経
験後、妊娠を機に退職。慣れない育児に孤独感、孤立感を深め、産後半年頃から、子連れ
であちこち出かけ始めるが、託児付きや子連れ可の講演会や勉強会が少なく不満を募らせ
る。ママさんたちの集いの場構想をあたため始め、2012年5月自宅の一室で「来mama
ルーム」開始。 小冊子『子育てはキャリアでしょ!』(北海道新聞「読者の声」投稿採用
集)自費出版。各種地元メディアで話題となる。

子どもは3人

現在は子育てメインの生活をしていて、子どもは中1男子、178センチになりました。あと、小4の男の子と5歳の女の子です。

下の子がまだまだやんちゃすぎます。ダウン症児なんですけど、知能は2歳くらいで、「なっち」ってわたしたちは呼んでるんですけど、自分では「あっち」って言うんですね。

「あっち」、「これ」、「やりたい」、この3語を駆使して、自分の欲求を通そうとしています。「これとって」とかも言えないから、全部この3語です。

今朝も、仏壇の水を変えようとしてべちゃべちゃべちゃべちゃってなっていました。

 

お金を稼ぐ「仕事」という意味では、パートで英語専門塾の講師を週1回、中3の受験生と高校生の女の子を見ています。元英語教員でした。

今はパートタイマーという働き方ですが、今まで色々とやってきました。

 

わたしも娘もやりたい放題の末っ子

生まれは富良野です。わたし自身の子どもの兄弟構成と同じで、わたしの兄弟構成も、兄2人と末っ子のわたしです。兄とは6つ離れています。

父は体育教員で、小学校から始めて、そのあと中学校の体育教員になり、教員なのになぜか通信で美術教員の資格も取っていました。部活を持っていて、夏は野球部、冬はスキー部で、昔の体育教員なので結構ガンガン指導して、全道大会に連れて行っていました。

 

だから、父親不在の家で育ち、母は母で、上2人は年子なこともあって、子ども3人を抱えて大変な思いをしていました。

わたしも同じようなのでわかるのですが、上2人思春期で、母親自身は更年期だったんですよね。

なので、ちょっと風当たりの強い育てられ方をしました。「あんたは女なんだから、ああしなさいこうしなさい」と。

 

末っ子の女の子なので、やりたい放題の子どもでした。

兄たちはテレビゲームとか買ってもらえなかったんです。当時はファミコン世代でしたけど、わたしがまだちっちゃかったので、買うと一緒になってやっちゃうってことで、ずっと我慢してたんですけど、わたしが小学3,4年生くらいになったら、買ってもらえて、「お前ずるい」って取り上げられて、泣いたりしていました。

 

今、自分の娘を見て思うんですけど、兄2人にかわいがられている様子とか、ちょろ~って兄たちの間に入って「お前!」って言われている様子とかも、わたしがこういう風に育ったんだなって思いますね。

兄弟構成も、わたしの夫も教員だし、同じですね。自分の母親の思いを、今たぶん感じています。

 

コツコツがんばったバレーボール

やりたい放題好き放題の幼少期だったんですけど、10歳過ぎて少し落ち込むのは、バレーボールを小学校4年生に始めたことがきっかけです。

バレーボールはチームだから、やりたい放題ってわけにはいかないですよね。結構やんちゃだったので、先輩に目を付けられて、言葉でいじめのような経験をしたんです。

弱小チームだったんだけど、すごく好きだったから頑張って、キャプテンになったんです。だけど中々まとめられませんでした。

 

わたしは旭川の神楽岡小学校から神楽中学校に進学したのですが、ここには神楽小学校からも進学するんですよ。そっちのバレーチームは強いんですよね。

バレーボール部に入ったんですけど、「このひと達うまい!」と愕然として、最初慣れませんでしたね。

当時の先生は靴が飛んでくるようなスパルタで、わたしは真面目にコツコツコツコツ練習しました。

うまい子たちはちょっとやんちゃして休んだりしていると、わたしが試合に出させてもらえたんです。やんちゃな子たちには「下手な癖に」って言われたりもしましたね。

 

ちょっと残念な経験もありながら、その時に素敵な英語の先生との出逢いがありました。

 

<続く>

 

一体どんな英語の先生だったのでしょうか?次回をお楽しみに。